最新情報

2024.10.31INFORMATION

HalfAnniversary記念 書き下ろしストーリー公開【第3弾】

「廻らぬ星のステラリウム」のHalf Anniversaryを記念して、
現在メインシナリオを担当しているライターの書き下ろしストーリーをお届けします。

—————————————————–

■医務室にて

「クラン様を思うと、胸が痛くて苦しくて……」

窓から優しい夕暮れの日が差し込む。
それは、ウルタの前に座った女生徒の頬を赤色に染めた。

「いや、あの、私はここの医者ではなくて……」
「神出鬼没のお医者様ではないのですか?」
「あ、いえ、その神出鬼没のお医者様宛ての書類を届けに来ただけの占い師で……」

逃げ腰のウルタに食いかかるように、女生徒は身を乗り出す。

「最近は食事も喉を通らないんですよ!?」
「たっ、確かに食べられないのはよくありませんね!」

「でしょう!?」と念を押しながら女生徒はいったん身を退く。

ウルタはほっと胸を撫でおろし、医務室を見渡す。
パーティションで仕切られた『使用中』と思わしきベッドは一つだけだ。
サルースはあそこですやすやと寝息を立てているに違いない。

「サルースさん、私はどうしたら良いでしょうか?」
「大変恐れ入りますが、私は……ウルタと申します」
「えっ」
「クラン様おつきの、占い師の、ウルタ様……?」
「クラン様、じゃなかったクランについているわけでは」
「こっ、このことはどうか秘密に!!!!!」

地面につきそうなほど頭を下げる女生徒を落ち着かせ、なんとか帰ってもらう方向で説得する。
彼女の恋に効く薬も、程よいアドバイスをくれる先輩も、おそらくここにはいない。
そう、来るところが絶望的に間違っているのだから。
ようやく女生徒を説得して帰ってもらった後、ウルタはパーティションを投げる勢いで退かした。
「ちょっと! サルース!」と叫びながら。

「……くっくっくっく! あはは!」
「な……あなたは」

そこにいたのは思いもよらない人だった。
ベッドの上で腰を丸めて笑い転げるジェイ・ミュールだ。

「ああ、笑った。占い師ってのは、恋愛相談は受け付けてないんだ?」
「そうですね、完全に私の専門外です」
「じゃ適当なこと言ってリタ巻き上げればいいのに。金儲けの才能がないね」

ジェイはまるで自室のベッドに寝転がるように、リラックスした表情でウルタを見上げる。
普段はグラスをかけているせいで見えない瞳が、まっすぐにウルタを捉えた。

正直に告白すると、彼の目が苦手だった。
ジェイの目には、何でも見通すような強さがあるからだ。

「……では、お休み中のところ失礼しました」

話を強引に切り上げ、派手に退けたパーティションを戻そうとする。
ジェイは体勢を変え、ベッドに腰かけていた。

「なあ。俺のこと占ってよ。報酬なら払うから」
「あなたのことを……ですか」

ウルタは少し考えて、ジェイに向き直る。

「内容によります。どんなことを知りたいのですか?」
「俺って、どう死ぬの?」

いつの間にか。
柔らかな夕暮れの日差しは落ち、部屋には夜が訪れている。
互いの鼓動が聴こえそうなほど、静寂に包まれていた。

「それは、私には答えられません」
「じゃ、やっぱお前は人の死が分かるんだ」

ジェイの声はウルタを咎めるわけでもなく、ただ無邪気なものに聞こえた。
けれど、この人の前でのらりくらりと言葉を出すのは得策ではない。
暴かれたくない真実に、きっとこの人はすぐ辿り着くだろうから。

「寒くて死ぬの? 殺される? 刺されたり、事故ったりとかさ。なんかあるだろ」
「死に関する占いは出来ないんです」
「ふーん。あっそ」

雑な返事だが、ふざけているようには聞こえない。
ジェイはその答えで納得したようだった。

「……聞いて、どうするつもりだったんですか?」
「どんな死に方になるか分かったら、絶対捻じ曲げてやろうと思って」
「ねじ……」
「そう、捻じ曲げて絶対違う死に方をする。あ、死期とかも捻じ曲げるから」
「つ、強いですね」
「なんだよ。バカにしてんの?」
「いえ、いいえ。とんでもないです」

慌てて首を振るウルタを見て、ジェイは顔を顰めた。

「誰の人生でもない、俺は俺を生きてんだからどうにでもなる。どうにでもする」

ウルタの胸に訪れたのは、感動によく似た驚きだった。
この同じ星を授かった同級生が、急に光り輝いて見えてくるような心地すらした。

「……すごいな。ジェイ、私、あなたのことが好きになりました」
「は? 死ね」
ジェイはその言葉も何もかもが不愉快みたいな表情で、ふっと煙のように消えてしまった。

「死ねって……」

シーツにはくしゃりとした皺だけが残っている。
夜は月を連れてきて、その波の陰影を引き立たせた。

「運命は変えていける。私だって、本当にそう思っているんですよ」

ジェイ、あなたのように。
そこまで聞いてくれたら、私達、友達くらいにはなれたでしょうか?

心の中の言葉は、闇の中へと溶けていった。

—————————————————–